はじめまして、『孫への伝言』編集部の藤城 徹です。

「昭和史コラム」と銘打ちまして、小文を掲載させて頂くことになりました。拙い部分も多々あるかと存じますが、何卒宜しくお願い申し上げます。

さて、皆様はゴールデンウィークにどこかへおでかけになられましたか?
私は友人から誘われて宮崎県宮崎市に行って参りました。そこで前々から一度見てみたいと思っていた「平和の塔」を見ることが出来ました。

平和の塔""

「平和の塔」とは元の名を「八紘之基柱(あめつちのもとはしら」、通称として「八紘一宇の塔」と呼ばれた巨大な石塔です。昭和15年(1940)に「皇紀2600年」を記念して「八紘一宇の精神を体現した日本一の塔」とするべく、「天孫降臨」の地である宮崎に建てられました。

日名子実三の設計による塔本体のフォルムや四つの角に配された彫像も素晴らしいのですが、台座に組み込まれている東アジア各地に存在した様々な日本人団体より送られた礎石が大変興味深く、彫り込まれた寄贈元の名前を読んでいくだけで時間を忘れました。

「八紘一宇」とは「世界を一つの家にする」という意味で、『日本書紀』の中の一文を元に作られた言葉です。この言葉が先の戦争の際に日本のアジア進出のスローガンであった事から、戦後はGHQにより公文書に用いられる事が禁じられ、塔からもその文字が書かれた碑文が撤去されました。

しかし、地元の人達の粘り強い運動の結果、呼称は「平和の塔」と変更されはしたものの、往事の姿を取り戻しました。昭和39年(1964)の東京オリンピックに際しては、聖火リレー第二コースの起点ともなりました。それは丁度、宮崎県が新婚旅行先として人気を集めていた頃で、或いは皆様の中にご夫婦でご覧になられた方もおられるのではないでしょうか。

第18回オリンピック東京大会 国内聖火リレー 起点